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数字物語

suuji.exblog.jp

作詞家、川村真澄による、日記、写真、詞のブログです。

こわれもの

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これは、J WALKのボーカルの中村耕一さんのソロアルバムに書いた詞です。
タイトルは「こわれもの」

今はあまり流行らないのかもしれないですが、私は、情景描写だけで、心情を語る、みたいな詞が好きです。行間を読むとか、言葉の後ろにあるものを感じる、とか。想像力ですかね〜。

先日、子供の学校で、授業参観があり、ちょうど娘のクラスが、国語の授業をやっていたので、見学しました。
先生は娘の担任で、とても人気のある方。話も面白く、子供達も集中していていい授業だったのですが・・・・。

松尾芭蕉の奥の細道をやっていまして・・・・。
芭蕉の旅も終わろうとしていた頃の句をいくつか。
その中で、私がちょっとひっかかったものが・・・・・。

「あかあかと 日はつれなくも 秋の風」という句なんですけど〜。

これは、金沢あたりで詠んだものだそうで・・・・。
先生が説明してくれたものによると・・・・。
「あかあかとしている日」というのは、残暑の太陽で、お日様はまだぎらぎらしているけど、風はもう秋だなぁ・・・・・、みたいな。

私は思った。それは、状況を説明しているだけで、心情までは解釈してないのでは、と。
ここでキーになるのは、「つれなくも」という言葉では・・・・。
「あかあか」というのは、ぎらぎら、情熱的な印象。でも、「つれない」という言葉は、「冷淡」とか、「よそよそしい」という意味ではないですか。この対照的な単語を組み合わせたことによって、意味は何倍にもふくらみます。
おまけに「日」が「つれない」と、「日」を擬人化しているところも注目。
ここで私は思うのです。はたして、芭蕉は早く秋になって欲しかったのか、それともまだまだ夏を惜しんでいたのか・・・・・。
そこで、読者は、この句を追体験するわけですよね〜。自分だったら・・・・・って。そういう含みがあるんですよね〜。
私だったら、残暑は大嫌いだから・・・・。
「おい、太陽、そんなに無慈悲にぎらぎら照りつけているけれど、ほら、もう風は秋だぞ、私は秋生まれで、海だって、人気のない秋の海の方が好きだし、涼しい方がおしゃれできるし、早いとこ、退散したらどうなの?」
って感じ・・・・。

ただ、これが芭蕉の旅の終わり頃の句だということも、考えると、もっとセンチメンタルな解釈になってもいいのかもしれないですね〜。

な〜んて思いながら、参観したんですけど、思い起こせば、自分が中学生だったら、そんなことぐだぐだ言われても、きっと分からないだろうな〜・・・・って。
先生の説明は、ちょうどいいあんばいなのかも〜・・・・・。

ぜんぜん関係ないんですけど、以前書いた、「わたしが証明なの!!」っていうCM。(化粧品会社の女社長が"人生は一度きりなの"とか"死ぬまできれいでいたいの"とか、自分は美しいのよ、と宣言するCM)
息子が見ていて、何気なくぼそっと・・・。
「自慢するなっ」
って突っ込んでたのを目撃。
ん〜、親子だなぁ〜・・・・と思いました。
by pasionaria | 2007-05-12 09:48 |